迅速に必要な情報を集め、
不必要なものをそぎ落として集約することができるか、
それが医師としての1つの力。
医学部を卒業し、医師国家試験に合格すると、2年間研修医として病院に勤務する期間がある。解剖学や微生物学など基礎医学の分野に携わる研究医の場合、研修は義務ではないが、臨床医になるには『初期臨床研修制度』に定められたプログラムに応じることになる。砂川さんは医師としてのキャリアをスタートさせたばかり、研修医1年目の医師だ。
研修医制度
臨床医、つまり実際の患者の診療にあたる医師になるには研修医として病院に2年間勤務する制度がある。研修医には基本的に指導医がつく。一人で診断するときもあるが、すべての医療行為の責任を負っている指導医に、所見を述べ、考えた診断のプロセスを説明し、治療法を相談する。また、切開や縫合などの処置(手技)は指導の下で行うことになっている。この制度で、将来、本人が専門としたい診療科以外のさまざまな診療科を経験し、総合的な見識を得ることになる。この制度は駆け出しの医師にとって、将来の目標を定めるまでのモラトリアム的な期間の側面も持つ。病院にはさまざまな診療科があるが、研修医にとって、回ることが必修となっているのは内科や救急救命科、地域医療。また、選択必修科目として外科、産婦人科、麻酔科、精神科、小児科などがある。「大学病院や総合病院のような病床数や診療科の多い病院が基幹型病院といわれ、私たち研修医の主な就職先となります。それぞれ病院ごとに特色あるプログラムがあって、とくに力を入れている診療科などもあります。それを調べて、自分たちの興味や将来を考えたうえで希望を出します。また、病院間で研修制度の連携もあり、2年間で違う病院の診療科をあちこち回って経験を積むこともできます。とくに今給黎のような市中病院だと一般的な症状や病気で、ご近所からいらっしゃる患者さんを診る機会が多くなると思います」
大学との違い
大学時代、講義でも教科書でも覚える量は膨大だった。しかし、学問の域を超えるのは難しかった。「ただ紙の上で『○○は中年の女性に多く見られる病気で、発熱と皮疹を伴う症状』となっていても、今、実際に患者さんを診ると、紙にある情報と私の集めないといけない情報にはギャップがあります。いかにそこが集められるか。必要で的確な情報を集められるか。ここに時間がかかって苦労しています。さらには、不必要なものをそぎ落として集約することができるか。ここに先輩である指導医の先生方との経験の差を感じますね。でも、これは慢心かもしれませんが、この1年で少しずつポイントが分かってきた部分もあります」。痛み一つをとっても様々なバリエーションがあり、一人ひとり痛みの表現も異なる。痛みをあまり口にしない人もいる。患者の性格で情報の集め方の工夫も異なってくる。漠然とした言葉でしか表わせないものを具体的な症状として捉えるために正確に早く区分けしていけるのが経験なのかなと語る砂川さん。患者の声に耳を傾け、声なき声にも耳を澄ます。「人との関係なので難しいです。だからこそ、一人ひとりへ細やかな対応が必要になってきます」。
ブラックジャックは凄い
小さい頃は、母が家に絵を飾ったり、自分も絵をかくの好きで、スケッチ大会でも入賞したりして、画家になりたいなと思っていた。そんなある日、家にあった手塚治虫全集でブラックジャックをみて感動した。「人のために役立って、それを実感できるって凄い。命を救うって、その人にとって一番大事なところですよね」。中学受験を決めた頃、年の離れた兄に勉強を教えてもらいながらよく叱られていた。でも勉強はきらいではなかったという。分かると楽しいし、良い点を取ると褒められて、それが単純にうれしかった。周囲に医療関係者はおらず、医学部受験を決めた高校生の頃に具体的に描いていた医師像はなかった。「患者さんには話をしてもらわないといけませんし、体を見せてもらわないといけません。患者さんに近い医師になりたいですね。病気や体のことについては家族以上に知っていなくては」と語る砂川さんの中には徐々に理想の医師像が形になりつつある。女性なので結婚や出産などのイベントも視野に入れたキャリアプランも考えている。「将来は最先端医療に携わることや、難しい手術を行うエキスパートにも憧れますし、開業医として身近な人たちの身近な病気を診たい気持ちもあります」。この研修医の期間、いろんな科を回れば回るほど、どの科にも興味が湧いてくるのも悩みの種だ。「あと1年じっくり悩みます」と砂川さんは初々しい微笑みを見せた。
取材:2016年2月