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大学准教授

研究者 芸人論

富澤 拓志(とみざわ ひろし)

"研究者って芸人に似てますよ。一人でやるピン芸人に"

大学の准教授ということで、その話を理解できるか不安だった私たち取材陣。しかしながら、丁寧な物腰、ときどき見せる優しい笑顔。そして話も分かりやすくておもしろい。その笑みにつられてこんな質問をしてみた。「先生のように経済に詳しければ、知識を生かして一攫千金とか狙ってみたくならないですか」すると笑って返してくれた。「そんな才能があったら研究者にはなっていません」そんな富澤さんの仕事を紹介します。

ゲーム理論

ゲーム理論は、プレーヤーが自分の利益を優先して行動するものとし、そのため必ず他のプレーヤーの戦略を予想し、他のプレーヤーも自分の戦略を予想してくることを前提とする。そして経済や企業競争をこのようなゲームとして捉え、その行動を合理的に説明しようとする学問だ。A社の開発したヒット商品をB社がいつもまねをする。B社は開発費はいらないし、大損するリスクも小さい。しかし2番手が不利な場合も当然多い。A社が先に市場を独占することもある。富澤さんが大学院時代、研究の対象としたゲーム理論は常に今の研究にも顔をのぞかせる。

大学准教授

大学の授業は全然分からなかった

高校時代にクラリネット吹きになりたいという思いで吹奏楽部の顧問に相談したところ、『きみには無理』といわれた。好きな科目は数学と物理。しかし成績は悪かった。「数学は9点なんてこともありました。理学部に進みたかったんですが、どう考えても文系科目の方が成績が良くて、三者面談で理系進学を止められました。なぜ経済学部かというと、覚えることは好きじゃなかったし、経済なら考えれば何とかなるかなと思ったんです。両親が社会問題などをよく話題にしていて、自分も世の中の動きがどうなっているか興味がありました。音楽もダメ、理系もダメ、それなら経済学部かなと(小笑)」浪人して大学に進学。大学の講義はさっぱり分からなかったというが、大学のゼミでは『研究する』とはどういうことかに手ごたえをつかむ。このまま大学院に進み研究者を志すとの思いを担当の先生に話した。『きみに研究者は向いてない』と一蹴された富澤さん。しかし今度は諦めなかった。「腹が立ってですね。じゃー、大学院にいってやると」

経済学

大学院→フィレンツェ→産総研→鹿児島

猛勉強の末、大学院に合格。在学中に人材交流を目的とする国費留学でイタリアへ渡り、フィレンツェ大学の研究グループに同行。毛織物を地場産業とする地域の発展に寄与する研究に加わった。富澤さんは大学院時代、経済理論のほか、産業組織論、中小企業論、ゲーム理論などを主に研究し、卒業後、つくば市にある産業技術総合研究所(産総研)のテクニカルスタッフとして働くことになった。そこは産業界と大学の協力、いわゆる産学連携を効率的に機能させる研究を行う。今後、中小企業が生き残るために必要な研究だ。例えば、人工知能ロボットを試案した大学研究者がいたとする。通常なら大手企業もしくは外国に発注されるものだが、それでは高くつく。一方、地方の中小企業にはそれを作る技術がありながらも、新しい技術に伴う専門用語や図面の書き方などが大きな壁となるケースも多い。「作ってほしい側と作る側の間で、どのようなコミュニケーションをとれば正確に言いたいことが伝わるか、どの局面で問題が生じやすいか、製品完成に至るまでのプロセスやスピードなどを、両者と同じ場所にいながら観察し記録、そして分析していました」産総研では期間契約だった富澤さん。定職として大学の研究職の公募にはいつもアンテナを張っていた。そんな折、自分の研究分野と合った、現大学の准教授採用の募集を知る。

研究者 芸人論

研究者 芸人論

大学教授は研究者であり、学者である。生徒を教え育てる教育者とは異なる面が強い。研究者として身を立て、教授になるには、20代のすべてを先の見えない研究に捧げる。さらに、自分の研究成果である論文が、権威ある学術雑誌にどれだけ掲載され、また、それが他の研究者にどれだけ引用されるかが勝負となる。良い論文ほど他の研究にも参考資料になるからだ。「研究者って芸人に似てますよ。一人でやるピンの芸人に。彼らは磨いた芸で皆を笑わせる。私たちは、研究に磨きをかけます。世の中には漠然と問題点や課題を抱えていても、それを調べる手立ても時間もない人たちがたくさんいます。私たちが問題点を掘り下げ、合理的な判断ができるような数値や基準を示すのです。」それが評価されなければ意味がない。ひとりコツコツ磨きをかけた研究で勝負する世界は、孤独なピン芸人のきびしさに通じるものがあると富澤さんは感じているのである。今、鹿児島における観光客、とくに増加する中国人観光客の動向と国際観光業の発展をテーマに論文に取り組んでいる。その飄々ひょうひょうとした雰囲気の中にユーモア感覚も溢れる富澤さん。しかし研究となると、学者にしか踏み込むことの許されない領域があるのだ。そして、そこには孤高の戦いがある。

取材 2012年11月 No.9 しごとびと