"『おもてなしの町 いぶすき』
その魅力を女性目線で伝えていきたいですね"
みなさんは指宿といえば何をイメージするだろうか。海、温泉、それとも知林ヶ島? 霧島とならび鹿児島屈指の観光地、指宿。私たちはまだ残暑厳しい9月上旬、ルート225を海沿いに南下。向かう先は指宿市役所観光課である。
指宿で働きたい
市役所に一歩足を踏み入れると、不思議な感覚にとらわれた。一言でいうと『飾りっ気のない開放感』。天井が高い。仕切りがない。あらゆる部署が見渡せる。職員がアロハシャツを着ている。テレビで見たことはあったが、実際に目にすると観光地としての意気込みが伝わってくる。そのアロハシャツ姿で私たちをテーブルに案内してくれた川野さん。指宿市役所に入庁する前はJR九州の客室乗務員だったという。「最前線での接客はやりがいがありました。お客様に喜んでいただいたり、感謝までしてもらえたりして、結果が目に見えて返ってくる仕事でしたから」そんな川野さんが今の仕事へ転身したきっかけがある。一つは地元で働きたいという気持ち。JR時代、指宿へ行く乗客、また、指宿を観光してきたという乗客から地元の話題を耳にするにつれ、その思いは強くなった。さらに、将来、自分の育った環境で子育てをしたい気持ちがあったという。
彩南端いぶすき
名物砂むし温泉、薩摩富士開聞岳、1月には咲き誇る菜の花。指宿には観光資源が豊富だ。しかし、川野さんは言う。「観光地としてのハード面はまだまだ十分ではありません。その分、ソフトの面をできることから一つずつ充実させていきたいですね」その言葉通り、イベントなどのソフト面に全国からの注目が寄せられている。ご当地グルメ『温たまらん丼(どん)』は砂むし温泉の源泉で作られた温泉卵をのせた丼(どんぶり)。商店街が一致団結し地元産の食材にこだわった丼メニューを作り、訪れた人をもてなす。菜の花マーチは20回を数え、来年1月の開催に向け、すでに川野さんたちはコースを回っては危険な場所がないかなどの確認を始めている。市民マラソンの草分け的存在『菜の花マラソン』は参加者約1万8千人にものぼる。「この規模のイベントとなるとボランティア集めがたいへんですね。実行委員会では、約2千人のボランティアを募って確保しています」当日は救護班や参加者全員分の『蒸かしいも』の用意などイベントを陰から支える市役所のスタッフ。市民も総出で参加者を応援する。コース脇で市民が振る舞う食べ物で、ゴールする頃はお腹いっぱいのランナーたちもいるそうだ。リピーターが多いのも頷ける。
女性目線のアイデア
「指宿の経済は観光と農業の2本柱なんです。これまでは温泉中心の売り込みでしたが、現在は農業や漁業など地元の産業そのものが観光資源になっています。そういった地域の方々の協力を得て、指宿の‘売り込み’を本格的に始めています」その売り込みは旅行代理店に対して行うプレゼンだ。修学旅行生を対象とした体験型観光もその一つ。特産のオクラ、ソラマメの収穫や工芸体験などができる体験学習の受け入れ先として指宿をPRする。「多くの観光客を呼び込むためにも旅行代理店の売り出すプランに指宿の観光コースを入れて欲しいんです。とにかく訪れていただく方が増えると地元の経済が潤いますし、雇用の確保や地域の活性化にもつながります。私たちは市民の皆様に納めていただく税金の中から給料をいただいています。その意識は忘れずに仕事をしています」役所の仕事といえば、法律や条例に基づいて、正確な仕事をするイメージがある。観光課について言えばそれはあてはまらない。アイデアを出すことがつねに求められる。「オフの日など、人が集まっている場所があると、どんな見せ方をしているんだろうと思って自然とアンテナが立っています。夫婦にしても恋人にしても旅行は女性主導ですし、女性の口コミのパワーはすごいですよね。ですから女性目線から指宿の魅力を伝える、そんなアイデアを出していきたいです」
「おもてなし」でつながる
毎週金曜日、駅の改札口で地元の高校生のボランティアが、『いぶたま』でやってくる観光客にお茶や黒砂糖を振る舞う。また、観光課のスタッフを中心に毎日お昼時間、いぶたま号の発着時刻に合わせて黄色い旗を振るそうだ。この旗は一般の市民にも配られており、観光バスなどにも振るという。『千本旗プロジェクト』という観光客への感謝の気持ちを表す運動だ。温かい気持ちは旅人の気持ちも温かくさせてくれることだろう。『おもてなしのまち 指宿』には説得力がある。
取材 2012年9月 No.8 しごとびと