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テレビカメラマン

映像を奏でる

大田 喜久(おおた よしひさ)

"みんなの記憶に残る仕事と関わりたい"

運動会で親たちは我が子の勇姿をビデオにとろうと必死だが、ゴールシーンでその姿はなかったりする。「被写体をファインダーで追ってばかりだと、どうしてもそうなりますね。うまく撮るコツは・・・」にっこりと話し始めた大田さん。毎日見ているテレビの姿なき主人公、テレビカメラマンのお話です。

映像を奏でる

「コツは両目で見ることです。右目でファインダー、左目で全体を見ます。ストーリーが大切です。運動会のビデオでも自分の子が走っている姿だけでなく、校舎、友達、応援団。視野を広げることで記録になり記憶に残る映像を作れると思います」音の世界を奏でるのが音楽家なら、映像の世界を奏でるのがテレビカメラマン。大田さんは棚に並べられたケースからテレビカメラを取り出し、「これがアイリス=明るさ、これがズーム、これがフォーカス、3本の指で同時に操作します。人を撮る基本ルールがあって、それがわかっていけば、あとは人それぞれのセンスで撮れます。操作もセンスもとにかく慣れです」そう笑って話す大田さんだが、入社当時は、どうすればいいのかを聞いて教えてもらえることはなかった。「ひたすら、先輩の動きを見ていました。アシスタント時代の2年間はカメラの操作を何時間も練習しました。電話機や鉛筆立てを被写体に延々と・・・」昔のテレビカメラは15kgをこえ、それに巨大な録画デッキが2m弱のコードでつながれていた。菜の花マラソン収録のときである。「先輩カメラマンが急に走り出したんです。2m以上離されることが許されない私はデッキを担いで一緒に走り出しました。途中縁石につまづき肩から倒れ込んだ私に『大丈夫か、デッキは。ビデオは回ってるか』『はい、回ってます』『よし、よくやった』このとき初めて先輩に褒められました(笑)

24時間体制

ぎりぎりの決断

子供の時からテレビが大好きだった。中でも、野球中継。中・高とも野球部で、将来はとにかく野球に関わる仕事がしたかった。イメージしたのはテレビ局に入って野球番組を撮れるカメラマン、もしくは、高校の先生になって野球部の監督になること。大学時代は教職の免許を取るべく単位を取得し、千葉県の社会科教諭として採用通知をもらった。「でも悩みました。テレビカメラマンへの憧れがずっとくすぶっていたんです。ただ、専門学校に通ったわけでもなかったし、文系だし、半ば無理だと決め込んでいました」ぎりぎりの土壇場で諦めきれず、動き出した。どうせなら高校野球と関わりたいとテレビ朝日系列の会社を探し、KKBでバイトをしていた友人に相談。現在の会社の求人を知る。入社試験をクリアし、何とかスタート地点に立った。

24時間体制

仕事は大きく分けて3つある。報道勤務、スタジオ収録、そして取材を重ねて作り込む制作もの。毎月シフト表で、大田さんたちカメラマンと音声の技術職6人の中で番組ごとにローテーションを組む。テレビ局からはディレクター、記者、レポーターが入り一つのチームを作る。ニュース番組はさらに細かくチームが編成される。「報道のシフトについている時は事故や災害に備えて24時間動ける体制をとります」報道に関わって17年。仕事は楽しいことの方が多いと大田さんはいうが、カメラの回っていないところでは事件事故の惨状をいくつも目の当たりにしている。「普賢岳の取材では昨日まで一緒だった取材仲間が火砕流にのみこまれ、次の日の取材先がその遺体安置所だったこともあります。今でも脳裏に焼きついています」

テレビカメラマン

白球を追う

スイッチャーという仕事がある。1カメ、2カメ、3カメ、どこかで聞いたことのある響きだ。一つの現場に何台ものカメラが出動するとスイッチャーがそれぞれのカメラの動画を選びながらつなげていく。カメラマンを経験した者にしかできない仕事だという。大田さんは中継車やスタジオでスイッチャーとしても一連の映像を操る。「職業病ですかね。家でテレビを見る時もカット数をかぞえて、この中継は5台もカメラがでているなとか(笑)」甲子園の県大会は準々決勝までは4台のカメラ、準決勝、決勝は7台のカメラがでるそうだ。センターからピッチャーの投球、一塁側、三塁側からバッターやピッチャーの表情をとるカメラなどがある。「私がこだわるのはセンターバックスタンドから打球の球筋を追うカメラです。もう8年やっています」投球と同時にどの方向に打球が飛ぶかを見定め、体ごとテレビカメラを動かす。ファインダーはのぞいていない。が、打球はカメラに収まっている。プロの技だ。「夏になるとウズウズしますね。どの局のカメラマンよりこのシーンに関してはいい絵を取りたいです」映像に興味のある人なら、入口はいろんなところにあるから、無理だなんて思わずにトライして欲しい。その言葉には強い説得力があった。

取材 2011年11月 No.6 しごとびと