"「必要な人に必要な情報を伝えること」
その重みを胸に一つひとつの仕事に全力投球"
女子学生の憧れの職業として挙げられることも多い「テレビキャスター」。才色兼備の代名詞として、華やかなイメージが先行しがちだが、実際の現場で働く人はどのような思いで仕事をしているのだろうか。「KYT鹿児島読売テレビ」で活躍するキャスター・山下香織さんに、画面を飛び越えて、直接会いに出掛けた。
ニュースキャスターという仕事
月曜から金曜の夕方に放送されているニュース番組「KYT news every.(ケイワイティー ニュースエブリー)」。そのメインキャスターの一人が、山下香織さん。入局4年目、25歳という若さだが、落ち着いた語り口が印象的だ。番組の中で発するふとしたコメントからは、誠実で素直な人柄が垣間見え、見る人をあたたかい気持ちにさせている。
テレビ画面の中で、ジャケットに身を包み、凛とした表情でニュースを読む山下さん。一般の視聴者は、その姿から、カメラの前で原稿を正確に読むことがキャスターの仕事だと思いがちだ。しかし、山下さんを取材して見えてきたのは、画面に映る場面だけではない、キャスターという仕事の多様さと奥深さだった。
数万人に情報を伝える重み
山下さんの一日は、現場に出て取材を行い、パソコンで原稿を書くという地道な作業から始まる。「自分で見たこと、自分で感じことを自分の言葉で伝えたいと思っています」と語る山下さん。その言葉通り、できるだけ外へ出て人に会い、話を聞き、その中から情報のポイントを凝縮して原稿に落とし込む。「取材はたいてい短時間ですから、その中で、どうしたら相手の方の思いをしっかりと汲み取ることができるだろうかと試行錯誤を繰り返す日々です」と、仕事の難しさについて語ってくれた。
また、報道という仕事には、大きなプレッシャーも伴う。「もしも情報を少しでも間違えて伝えてしまったら大変なことになる、という思いがあります」と続ける。取材を受けてくれた人々や走り回って取材をしている記者たちの思いが、自分の言葉に乗って、数万人の視聴者に届く。確かに、その責任と緊張は計り知れない。キャスターは、日々そんな思いと戦いながら、カメラの前に立っている。
苦手意識を乗り越える
初めて訪れた場所で人とすぐに打ち解け、話を聞かなければならない仕事。さぞやご自身もコミュニケーション上手なのだろうと思っていた。しかし山下さんは意外な一言を発した。「実は、私はすごく人見知りなんです。学生の頃は、知らない人に話しかけるなんて全然できませんでした」とはにかむ。確かにそう聞いて会話を続けると、ワイワイと大げさに話を盛り上げるタイプではない。しかし、どんなシーンでも、大きな目でまっすぐに相手を見て、懸命に言葉に耳を傾け、答えを探す。その様子からは、誠実に人に向き合う姿勢が伝わってくる。「仕事を始めたころは、今よりももっと人に話しかけるのが苦手で(笑)。でも、プロとして限られた時間の中で話を引き出すためどうしたらいいかを考え、自分から近づいて、自分をさらけ出そう!と決めてからは、初対面の方ともお話ができるようになってきました」とやわらかい笑顔でうなずく。華やかに見えるキャスターも、初めから全ての能力が備わっている訳ではない。苦手な部分を一つひとつ克服し、『しごとびと』として成長を遂げていくのだ。
テレビの世界を志したきっかけは震災
山下さんが、キャスターを志したきっかけがある。それは、2005年、九州大学2年生のときに起きた福岡県西方沖地震だ。地震の空白地帯ともいえるエリアでの大きな揺れは、人々に衝撃を与えた。「その日、家族は別々の場所にいたので、安否の確認が取れず…。電話も通じず不安が押し寄せる中、テレビがリアルタイムで様々な情報を流してくれて、それですごく救われました。そのとき、テレビの存在を改めてすごいな、と思ったのです」と山下さん。それまでは、『楽しむもの』というイメージが強かったテレビ。しかし、「必要な情報を必要な人に伝える」ことの意味を体験したとき、その概念は変わった。
そして大学3年からアナウンサーを目指して専門学校へ。初めは「自分のようなタイプの人間がアナウンサーになれるのだろうか」と迷いもあった。しかし、人間として魅力あふれる講師陣や同じ志を持つ仲間との出会いがあり、アナウンサーへの思いは強くなっていった。
番組を見て良かったと思ってもらえるように
そして数々の入社試験。山下さんも西日本を中心に数十社を受験した。そして「鹿児島読売テレビ」と出会う。「入社試験では、現場を一から取材して自分の言葉で伝えたい、という思いをそのまま伝えました。生意気だったと思いますが、この会社はそれを受け入れてくれました」と話す。
今、仕事がとても楽しい、と充実した表情を見せる山下さん。「仕事を通じてたくさんの方に出会えることが本当にありがたいです。そして、それぞれの分野のプロと一緒にもの作りに参加させてもらっていることにも感謝です」と微笑む。最後に「テレビを見てくださる方に、『この時間にこの番組を見て良かった』と思っていただけるように頑張っていきたいです」と凛とした表情で結んだ山下さん。夕方の番組に間に合わせるため、笑顔でまた現場へと駆け出して行った。
取材 2011年9月 No.5 しごとびと