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中学校教諭

『アンプ』でいくぞ!

坂下 武巳(さかした たけみ)

"子どもたちと音楽をやるために教師になったんです。
これからもずっと生徒たちのそばにいたいですね"

さっちゅう・すい部(=桜丘中学校吹奏楽部)のホームグラウンドはB棟4階。数日後に迫った定期演奏会に向け練習に熱が入る。それぞれのパートがそれぞれの音を確認している。そこに坂下さん登場。『先生が来た』というより、頼れるパートナーがやって来たとでもいうのか、生徒たちに緊張や遠慮はない。

『アンプ』でいくぞ!

まるで仲間同士のような距離感で生徒たちは代わるがわる音の相談をもちかける。その合間を縫ってお話を伺った。「定演は、今までお世話になった人たちに披露する場です。お客さんが楽しめるような演奏会にしようって言っています。だから暗譜(あんぷ)でいくんです。楽譜なしの演奏は難しいので生徒は嫌がります(笑)。でも顔をあげてお客さんの方を向くと一体感が違うんです」奥の教室では定演のプログラムの一つ『さっちゅうクイズ』の練習をしていた。MCの女子生徒二人と打楽器アンサンブルによるイントロあてクイズだ。何とネタは山形屋やタイヨー、イオンの店内用の曲を、生徒たち自ら譜面におこしたものだった。

『アンプ』でいくぞ!

みんな表現者

教師として坂下さんが大事にしていることがある。「全体をひとくくりで『この学校の生徒たちは』とかいう先入観をもたないよう、丸ごとダメ出しなんかをしないようにしています。子どもはみんな力を持っています。一人ひとり違う才能を持っています。教師の仕事は、当たり前のことですが、その子どもの力を育てることなんです。そばにいて、ちょっとだけ手を貸すと、自分でできるようになって、あとはこっちの手を離れてどんどん育っていきます。リコーダーが吹けないという生徒もいますが、基本を覚えていないだけなんです。『ドレミファソって頭にうかべながら吹いてごらん』そうすると吹けるようになるんです」できた時にみせる生徒たちの表情は格別だ。ただ、50分という時間制限のある授業ではもどかしいことも多い。「もっとこの子が力をつけてから次に進みたかったのに、ごめんね、という気持ちの時もあります」とにかく生徒と一緒にいるのが好きだという坂下さん。だから生徒も寄ってくるのだ。そばにいれば先生とたくさん話もできるし、この先生だったら信じてついていこうかなって気にもなる。音楽を通して子どもたちが表現する力を手に入れることにもつながっていく。「みんな表現したい気持ちは持っているんです。ただ恥ずかしがり屋が多いので、そんな時は私がまずやってみせます」この日、男子部員4人が定演で披露する光GENJIの曲を歌いながら踊る練習をしていると、坂下さんが現れた。『そこでもっと背筋のばす!ハイ、正面向いてドヤ顔!』照れくさそうにしている男子の中に割って入る。思いっ切りのドヤ顔をど真ん中でしてみせた。

遅咲きの音楽教師

遅咲きの音楽教師

夢はふたつ。演奏家か音楽の先生だった。中学校も高校も吹奏楽部に入部した。しかし、そのどちらも当時コンクールに出場したことのない学校だった。吹奏楽の醍醐味を知るのは遥か遠い先のこととなる。進学で上京し、音大を卒業後も10年近く東京で演奏活動を続けた。「仲間同士で演奏グループを作り、自分たちでイベントを組んだり、芸術鑑賞会を行う学校をまわったり・・・。ホルンとともに突き進んでいました」経済的に安定のない、そのうえ将来に何の保障もない演奏活動。片隅にあった不安が、30歳を前にして一つの決断を迫った。「自分の中で演奏はやりきった思いがありました。これからの人生はすべて教師として捧げたい」坂下さんが鹿児島に戻ったのは教員採用試験の年齢制限まであと1年という時だった。音楽教師となり、吹奏楽部の顧問となって赴任先すべての中学校で九州大会に出場した。だが、その道のりは決して平坦ではなかった。自らの力不足を補うため、大会常連校の練習見学を行い、吹奏楽指導者セミナーに参加し、いくつものコンクールに足を運んだ。
「夏の大会のためには秋と冬が大切なんです。音程や、響きの合う音の出し方など基礎づくりが一番大切で時間がかかります」やがて音楽の甲子園、東京普門館に憧れ、吹奏楽に取り憑かれていった。

青春の舞台裏

市民文化ホール。定期演奏会の開演が迫る。キラキラ光る生徒たちの姿は暗い舞台裏でも眩しい。県のコンクールや九州大会の時のようなピリピリ感はなくリラックスしているというが、次第に緊張感が高まる。さぁ、幕が上がった。坂下さんが指揮者で登場。プロフェッショナル、ピエロ、顧問の先生、さまざまな顔をみせていくが、あくまで生徒たちが主役になっている。この舞台はまさに主演『吹奏楽部員52名一人ひとり』。助演『坂下武巳』だった。彼の目には100人の生徒を前にしても、一人の生徒がその100分の1として映ることはない。一人の人間をみている。その子が何かをやりとげた時に見せる、あの笑顔のために。

青春の舞台裏

取材 2013年9月 No.12 しごとびと