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ラジオパーソナリティー

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福元 ゆみ(ふくもと ゆみ)

1974年生まれ 姶良町(現姶良市)出身。 
重富中、鹿児島純心女子高校、鹿児島純心女子短大卒業後、会社員を経て平成9年鹿児島シティエフエム開局当時からリポーターとして出演。
現在はラジオのレギュラー番組のほか、テレビやイベントの司会でも活躍している。

仕事とは「人との出会い」、
しゃべることは「引き出すこと」。
わたしって、人が好きなんですよねっ!


甲突川河畔のFMスタジオに福元さんを訪ねた。鹿児島でラジオパーソナリティーといえばその名前があがる人だ。
その福元さんがいま力を入れる番組「かごしまキッズステーション」。鹿児島市の小学校が持ち回りで、学校の特徴や地域の特色を紹介する。
この日、朝9時半に緊張した面持ちで4人の小学生がスタジオに入ってきた。この番組のディレクションは福元さんが担当だ。

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マイクを持つ仕事がしたい

幼い頃、親とよくイベント会場に出かけた。そこにはマイクを手に『みなさーん、こんにちはー!』と司会のお姉さんの姿。「なんて、キラキラしているんだろう。こんな大人になりたい」。福元さんの原体験だ。短大の就活では、県内のマスコミ関連会社を受験したが失敗。そんな折、大手出版会社の募集を知る。「これも人生経験だと思って受験しました。合格して入社したあとも、会社の先輩にはいつかはテレビ業界で働きたいって公言していました」。
ある日、会社の下のフロアに、歌手の藤井フミヤがプロデュースするFM局の開設準備事務局が入った。その情報を聞きつけ、会社の制服を着たままその事務局へ押しかけた。「レポーターとか募集していませんか?」話を聞いてもらい、翌日ラジオでやりたいことを作文に書いて持っていくことになった。それを担当者の前で読んだ。後日、本格的な筆記試験を受け、そのあとにはフリートーク的にニュースを読んだ。合格通知と一緒に言われたことがあった。『今のきみは即戦力にはならない。社員としては採用できない。あなたは安定した会社に勤めているわけだし、どうしてもというのなら、土日のボランティアスタッフで手伝ってくれ』。平日は会社勤務、土日はリポーターとして全力で挑む日々を過ごした。1年後、ラジオ局から専属契約の正式オファーがきた。未来の自分にかけてみよう。決断は早かった。会社を辞め、プロのラジオパーソナリティーとしてスタートラインに立った。

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下を向いてはいられない

仕事柄、有名人と一緒になる機会が多い。あるイベントの公開生放送中、ゲストの芸能人から「そこ、あんたがしゃべるところじゃない」と大声で叱られたことがあった。「下を向いちゃいけないと必死でした。人生で初めて皮膚感覚を失っていました。つねっても痛くなかったの。でもその方は控え室で私たちより豪華なお弁当を見るなりスタッフを呼んで『私たちは同じ仕事をしてるの。差をつけないで』。うれしかったですね」。こんなエピソードもある。映画の宣伝に来ていた俳優の、『もう同じ質問には答えたくないんだよね』との言葉に、いちかばちか福元さんは台本を閉じた。「○○さん、じゃあ、これから何の話しをしていきましょうか」。そのアドリブに、『じゃ、会場に集まったみんなの質問に答えるよ』。質疑応答は予定にはなかったが、急展開のできごとに会場は盛り上がった。

あきらめなければ、スタートラインにはいつでも立てる。

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母校のつながりに助けられて

中学校時代、テレビの世界に憧れていた福元さんに、放送部の顧問から助言があった。『女性が社会の中で自立するには学生時代のネットワークが役に立つ』。その助言に従い、薦められた高校を選んだ。ラジオで働き始めた頃のある日、先輩の結婚式によばれた。司会者はテレビでよく見る憧れの人だった。「写真を一緒にとってください」。この出会いが福元さんのテレビ出演のきっかけとなった。そして、どんどん仕事の幅が広がっていく。「あの時の先生がこの記事をよんでくれるといいなぁ。母校の先輩方や後輩とのつながりが本当に多いんです」。

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転んでもゴールまで駆け抜けるでしょ!

取材後、小学生がパーソナリティ役を務める番組「かごしまキッズステーション」のリハーサルが始まった。子供たちは自分のパートを必死に読み上げながら、お互いに息を合わせる。鳥肌が立つほどの完成度だ。それでも福元さんは「今の『おいしい』は、おいしく聞こえないな。『おいしいー!』って気持ちをのせて!」。と檄をとばす。原稿を読むのではなく、どこかで聞いている人を想像して、体を動かし笑顔になって、自分の言葉にしなきゃ伝わらない。一人の児童が言った。『本番では、かまないようにしたいです』。福元さんは言った。「かんだっていい。気持ちをのせるのが大事。運動会でこけて、そこで走るのやめる?ゴールまで駆け抜けるでしょ」。リハーサルから本番収録まで約1時間。そして、そこに至るまでの何百回、何千回としたであろう練習。そのなかで子どもたちは成長する。「私が現役でやっているから、子どもたちに今、伝えられることがあると思うんです。同じ緊張を味わう者同士じゃなきゃ感じ取れないものがあるんです」。突然、消防局の緊急連絡が局内に流れた。『ただ今、○○5丁目付近で建物火災発生』。そっと耳を傾け、何かを確認したあと、足早にブースのマイクに向かう。「番組の途中ですが、火災情報をお知らせします・・・」ブースの外の小学生は彼女の仕事現場を目の当たりにする。落ち着いたその対応に彼らは本物を見ていた。収録終了後、小学生たちは安堵と達成感で放心状態とでも言うべきだろうか。福元さんは暖かい笑みをうかべる。彼女自身、何度となく緊張と修羅場をくぐりぬけたてきたのだ。「でも自信はない。でも好きなんです。だから続けられると思うんです」その言葉には、自分に挑戦し続ける強い意志が見えた。

 

取材:2015年5月