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公認山岳上級指導員(スポーツクライミング)

中尾敏宏

中尾 敏宏(なかお としひろ)

1947年生まれ 鹿児島市出身 ラサール中学校、ラサール高校、立教大学法学部卒業。
株式会社丸井、株式会社三越にて呉服部門40年勤務後、鹿児島山岳連盟理事長就任。同時にスポーツクライミング少年団を設立、その後NPO法人鹿児島県山岳協会設立。現在に至る。

子どもは高いところに上るのが、とにかく好きです。


2020年は、東京オリンピックも鹿児島国体も行われる。東京オリンピックから正式競技となるスポーツクライミング。今回、親子登山や沢登り、リードクライミングやボルダリングを通して自閉症の子どもの社会向上と自立支援の活動をしているという中尾さんに会いに行った。

 

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劣等感のかたまり

「1番の人もいれば、200番の人もいますからね」。中学、高校時代の成績はいつもビリ。進級するのもやっとだったと中尾さんは笑う。大学で入った部活は体育会自動車部だった。「応援団レベルの無理難題、しごきが当たり前でした。今の時代では、考えられないかもしれませんね(笑)」。4年間学生服で過ごし、毎日マラソン。夏の山中湖合宿では、夜中たたき起こされてマラソン、その後は畑で説教。あいさつも徹底的に仕込まれた。大学4年生になると、自動車部の主将に指名されるまでになる。自動車部らしいことと言えば、野球部員と応援団を六大学野球大会にバスで送迎したり、フィギュア競技という運転技術を競う大会に出場したりしたことくらいだった。

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北アルプスとの出会い

自動車部のおかげで就職には困らなかった。どの企業も、体育会系で鍛えられた人材を欲しがっていた。商売に興味を持っていた中尾さんはデパート業界へ。そこで出会った同僚の影響で初めて山に登ることになった。休日は、仲間の3名で北アルプスの穂高連峰へ。11年間で合計20回も登った。「仕事がハードで疲れていた時ほど気持ちがスッキリしました」。70歳を超えた今も中尾さんの登山は「日本二百名山」へ続く。昨年だけで、『上信越・甲信・中央アルプス・東北』など全国の日本百名山34座2千m級の山に登った。ちなみに桜島は、1117m、開聞岳は924mである。山を縦走し、沢を遡行し、岩壁を登攀する。『なぜ山に登るのか。それはそこに山があるから』という名ゼリフがあるが、中尾さんは「よく聞くフレーズですね」とただ笑う。登ってみなきゃ分からない魅力があるのだろう。「特に東北の山は独立峰で、これまでの山とも違いました。桜島の2倍近い大きな山が町の中にあるんです」。登山道が神社仏閣の参道の一部であり、暮らしの中心にあり、東北の人の心に息づいていた。なかでも会津『磐梯山』に戊辰戦争の会津魂を感じたそうだ。

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スポーツクライミング

鹿児島山岳連盟から声がかかったのは、定年してすぐのこと。そこは、鹿児島国体の受皿だった。中尾さんはすぐにスポーツクライミング少年団を設立。「ゼロからのスタートでした。競技をしている人は誰もいなかったから」。鴨池運動公園のリードライミング人工壁で、こどもの日や体育の日にイベントを開き、子どもたちをスカウトした。「その子たちが、よく頑張ってくれて、九州大会で3位にまでなったんですよ」。嬉しそうに当時をふりかえる中尾さん。しかし、2020年の国体の年には、この少年たちは青年の部になる年齢だ。結局、選手の確保が難しく、指導員も育たなかった。

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上に登るのが好き

しかし、かつて少年団に来ていた一組の家族が転機となる。それは、自閉症の子どもを持つ家族との出会いだった。「自分にもまだ何か役に立てることがあるではないか」。さっそくNPO法人鹿児島山岳協会を立ち上げた。NPOに認定されると、県教育委員会などにその理念や活動を認められ、行政(学校、教育関係など)との連携もスムーズだ。自閉症協会の協力のもと、活動が始まった。『発達障害者とクライミング、その可能性について』を考えてのことだった。子どもは上に登ることが好きだと感じていた。「平川にある烏帽子沢には、7メートルの滝があります。子どもたちは、沢遊びも水遊びも大好きです」。ハーネス、ヘルメット、ライフジャケット、近くに林道がある場所など、安全を十分に確保した上で子どもの好きなようにさせる。大きな声も出さないし、教えない、叱らない。自閉症の子どもは、一人ひとりコミュニケーションの取り方も違う。「同じ目線で、今何がしたいのかな。どうしたら、もっと好きになってもらえるかなと見守っています。困った時と危険なときにだけ声をかけます。小学3年から参加して9年目になる養護学校生は、高い競技力を身に付け、今ではその男子生徒から話しかけてくれるようになりました」。中尾さんは、子どもが成長していく姿を嬉しそうに話す。

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山への気持ち

「2019年の夏、北海道の日本百名山を九座登ると、日本百名山100座を完登することになります。足を一歩前に、ゆっくり休まず歩き続けるとだれでも頂上に立てます。“百の頂に百の喜び”があり、生きる力をもらえます」。屋久島の『障子岳・南西壁』855mでは、ルートなし、水や食糧なしのまま、2晩を絶壁にある狭い岩棚でビバークし、初登攀したこともある。体力も相当つかうはずだ。怖くないのだろうか。「怖いですよ。怖いから、体力作りは欠かせません。月に2回は開聞岳を登りますし、週一回は金峰山不動岩の岸壁を登っています。怖いから訓練するし、高さに慣れるために登ります」。この日、鴨池の練習場からの帰り道、高い柵をひょいと越える72歳の中尾さんを目撃する。今日から体力作りを始めようと背中を押された。

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取材:2019年2月