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画家

画家

東條新一郎(とうじょう しんいちろう)

1954年生まれ 大島郡知名町出身 城ケ丘中学校、鹿児島高校、大阪芸術大学美術学科卒業。1991年南日本美術展第8回パリ賞受賞、翌年、パリ滞在。2004年国展新人賞受賞、2005年国画賞受賞ほか多数受賞。国画会会員、鹿児島県美術協会会員。

「ほしい!なりたい!」という気持ちをつよく持ち、アンテナを張り巡らし、誠実に努力することです。

東條さんの作品をしばらく眺めていると、その作品にはなにか強力な引力があることに気づく。「なにを描いているのかわからない」と思いながらも、眺めていると飽きないのだ。作家である東條さんにお会いして、その絵が持つ力は、それを描く作家の強烈な個性と表現力から生まれたものであることを知った。

その人らしさを表現する、それがアート。

東條さんは、東シナ海を望む日吉町・石之野の丘に自宅とアトリエを構えて芸術活動を行っている。中庭には洒落たカフェがひらかれ、おいしい料理と癒しのひと時を提供している。「お待たせ。来てくれてありがとう!」。そのカフェに東條さんが現れると、場の空気が濃くなった。満面の笑みと、柔らかく明るい声。生まれ故郷である沖永良部島の暖かい空気が伝わってくるようだ。
東條さんの作風は、その時々によって変化しているが、一貫しているのは「だれもやっていないことをやる」こと。既成のキャンバスや絵の具を使うのではなく、自分でパネルやキャンバスを作り、海辺で拾った木や空き缶、釘などを素材として用いるなど、以前から、ほかにない手法で作品を作ってきた。数年前、コールタールを画材として使う手法を編み出してからは、タールを使った抽象画をメインに手がけている。かなりの高温まで熱して使うため、取り扱いが難しいが「芸術の世界は、だれかがやった事を真似していてはダメ。誠実に努力して、独自の世界をつくり出すことが大事なんです。だから、本当は、うまい、へた、不器用とか関係ない。人を感動させる作品というのは、その人だけの強烈な個性やエネルギーが表現できているものなんです」。

その人らしさを表現する、それがアート。

絵かきになる!

少年期まで過ごした島の風土も、東條さんの個性と感性に影響を与えている。「海や貝、きれいな物をきれいと感じる力は、子どもの頃からあったかも。ふるさとの風景が僕の原風景であることは確かです」。画家を志したのは高校生の頃。きっかけは3つあるとか。まず、子どもの頃から、なぜかいつも絵画コンクールに入賞していたこと。そして、島にやって来た美大生と知り合いになったこともひとつ。「初めて美大生という存在を知って、なんとなく格好いいな、と」。そして一番大きいのは、高校入試での挫折。「春休みの間中、自分は何者か、何をしたいのか、ずっと考え込んでいました」。そうして出した結論は「絵かきになる」。子どもの頃から聞かされてきた「新ちゃんは、将来、必ずすごい人になれるよ」という母の言葉も力になった。
入学式の日に美術部に入部し、絵の精進に明け暮れた高校生活の後、浪人生活を経て、晴れて美大に入った。喫茶店でアルバイトをしたり、演劇に凝ったり、いろいろ関心が広がったが、興味の最後に残ったのは絵だった。「絵を描いている自分が一番自分らしくて、落ち着くんです」。父親は「絵で食べていけるわけがない」と猛反対だったが、大学卒業時にも決心は揺らがなかった。

絵かきになる!

つねにアンテナを立てていること。

卒業後は夜間高校や専門学校、大学の非常勤などを務め、その傍ら、作家仲間と美術アカデミーという塾をひらいた。「教えることも僕の中のひとつの柱なんです」。人に教えることによって、自分のレベルが上がるからだ。「人に教えるということは、その人の頭の中に入って物を見ることができるからおもしろい。そして、教えるためには自分も、より感性のアンテナを磨きつつ勉強する必要がある。すごく為になるんです」。教え子たちの中には20年、30年の付き合いになる人もいる。10年前には、交通の便の良い所で絵画教室を開くため、天文館にギャラリーを併設したビルも建てた。「これまでの人生で、何かやろう、何かしたい!と思うと、必要な人や情報、チャンスが必ずめぐってくるんです。そういったことを引き寄せるためには、ほしい!と思う気持ちを強く持つこと。そして、つねにアンテナを張っておくことです」。道のりは、決して平坦な時ばかりではないが、そうやって次々に夢を叶えてきた。
最近、命や健康、環境の大切さに目が向き、農業を始めた。自宅まわりを開墾し、ショウガやレモン、ハーブなどを植えた。畑の脇には、だれでも宿泊できるバンガローも作った。それもすべて「必要な人や情報が集まって、あっという間に実現した」。畑仕事は健康にも良い。「大地から何かを教えられることがあって、また作風が変わることもあるかも。もう60歳だからと言って、人生をうまくまとめようとは思っていません」。東條さんのつよい磁力にふれ、取材の後も、私のハートはしばしジーンとしびれていた。