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薬剤師

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岡田 修(おかだ おさむ)

1967年生まれ いちき串木野市出身。
串木野西中学校、伊集院高校、九州大学薬学部、1990年薬剤師免許取得、九州大学大学院薬学研究科微生物薬品化学専攻。 1992年製薬会社のエーザイ㈱に入社、医薬品の臨床開発に携わる。1999年退職し帰郷。調剤薬局勤務を経験ののち、2003年出水市で薬局運営会社クレインファーマ㈱を設立。同時に薬剤師として地域医療に従事し、現在に至る。

日曜日の夜が一番の楽しみ。
明日から、
新しい一週間が始まると思うと
ワクワクします!

7月に開催された「リアルしごとびとin出水高校」に参加して頂いた薬剤師の岡田さん。岡田さんの周りに集まり、話を聞いていた生徒の皆さんの真剣な表情が印象的だった。どうしてあそこまで生徒の表情を変えさせることができるのか、岡田さんの人となりに興味が沸き、お話を伺おうと出水に向かった。

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処方せんにも間違いがある!

店のレジの奥には、何種類あるのかと思うほどたくさんの薬が並んでいる。そこで、処方せんに従って薬を選び、患者さんに症状を尋ねつつ服用の方法を説明しながら渡していく。岡田さんの調剤薬局での日常の光景だ。病院でもらった処方せんをよんで、書かれていることに間違いはないのかなぁ〜と思った人もいるのではないだろうか。そのことを尋ねてみると、「ありますよ!」とあっさり答える岡田さん。そして、「だからこそ、私たちがいるんです。本当はそんなことがあってはいけないのですが、ミスは必ずあります。患者さんとのコミュニケーションは大切で、何気ない動作や言葉にも神経を使います。そして、疑問に思ったら病院に連絡して確認をするんです」。やはり薬剤師とは、専門的な知識と経験が必要な仕事なのだ。だが、岡田さんははじめから薬剤師の仕事に就こうと考えていた訳ではなかった。

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頼まれた仕事は断るな!

高校2年生で野球部を辞めた。そのことで勉強に没頭。理科、とくに化学が好きで何となく身近な感じがしていたこともあり薬学部に進んだ。いろんな夢や希望もあったが周囲の人たちの影響もあり、大学院に進み、漠然と研究者になるんだろうなと思っていた。しかし、言葉の端々からは、こうなるんだというより、自分のおかれた環境のなかで目の前のことに一生懸命に取り組んだという印象を受ける。
大学院の修了間際で「自分は研究者向きではない!」と自覚。担当教授の紹介で大手製薬会社に就職することになる。「大学院時代に薬剤師の資格を取り、薬局でアルバイトもしていました。今思うと、その頃から研究者になるべきかどうかと悩んでいたんでしょうね」と振り返る岡田さん。就職した会社にも研究職はあったのだが、就いた仕事は臨床開発職。研究者が開発した新薬を全国の大学病院の先生にお願いしてそのデータを厚生労働省に提出するという、人と人とのつながりが大切となる仕事だった。その部署で同じ大学の先輩社員から言われたのが、「頼まれた仕事は断るな。『はい!』と言え」という言葉。「『できない』ではなく、『できる』可能性を探り、やり遂げる努力をしろ」という意味なのだと岡田さんは語る。20年以上前に言われた言葉を大切にしているのは、常日頃から自分と関わってくれる人たちこそ財産だという気持ちがあるからだろう。

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『かかりつけ薬局』になることを目指して

就職後、ある程度仕事を任され、会社の方向性が理解できるようになると、自分の思いとの違いに悩むようになった。当時、会社から外国の大学でのMBA取得のための留学を提示されていた。一方で、大学院時代にアルバイトをしていた薬局の同僚から独立開業の話を聞かされた。岡田さんは同僚を手伝うことを選び会社を辞める決心をする。そして、それが一段落した後、帰郷し地元の薬局勤務を経て、自分の薬局を開業することになる。「ずっと使われる側でいるのはイヤだったので(笑)。薬局で勤務していた頃から、地域のことなど様々なことに敏感になりましたね。人の話も素直に聞けるようになっていました」。縁もゆかりもなかった出水で開業することになったのも、いち早く人づてで新しい病院の開業を知ることができたからだという。運が良かった…いや、きっと製薬会社時代に培われた経験を生かして運を引き寄せたのだろう。いま岡田さんは、日曜日の夜が一番楽しみだと話す。「どんな一週間になるんだろう、どんな難しい(笑)人がやって来るんだろうと考えるとワクワクします」。処方せんに従って薬を渡す。一見、作業に思える仕事に創造力を働かせて前向きに取り組む姿。そんな働き方こそが、いま社会のテーマになっている地域の活性化にもつながるのではないかと思いつつ、岡田さんの調剤薬局をあとにした。

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取材:2015年8月