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音響エンジニア

観客に最高の音を届ける

野井倉 博史(のいくら ひろし)

" これからは、ライブの価値が
もっと上がっていくと思います "

天文館。とあるビルの7階。壁にはビッシリとライブ告知が貼られている。朝のライブハウスは静かだ。ここで年に300回ものライブが行われるという。今回、鹿児島の音楽シーンを牽引してきた1人といわれる野井倉さんに登場していただくことになった。

きっかけは今日のような取材でした

高校卒業後、医師である父親の跡を継ぐべく医学部へ進学。しかし、野井倉さんの仕事は音響エンジニアである。「小学校からピアノをやっていました。高校でも大学でもバンド活動を続けていました。とにかく音楽が好きでした。でもさすがに、医学部に進学した時点では諦めの境地というか、音楽はサークルで楽しみながらも学業優先で、6年後には医者になるしかない、そう思っていましたね」その彼が大学を中退し、音響の道へ進むことになるきっかけは何だったのだろうか。「ちょうど、今日のような取材を受けたのがきっかけです」当時、野井倉さんは朝から夕方までは大学、週末にはバンド活動。傍ら、マニピュレーターをやっていた。それは、作曲、編曲、演奏、そしてレコーディングという楽曲制作の全過程をパソコンで仕上げる仕事だ。「当時、私のいた福岡で、そんなことをやっている人間は珍しかったんです」

きっかけは今日のような取材でした

やっていけると思った瞬間

そんな大学生の野井倉さんが、あるフリーペーパーの取材対象になる。それ以降、スタジオなどからイベントやCMで使う音源の制作を頼まれるようになった。「いつの間にか仕事になっていましたね」仕事だからこそ責任も伴い、いつしか学業より時間が割かれることになった。「大学中退のときは親からは勘当に近いものがありましたし、本当に音楽業界で食べていく自信があったわけでもありません」ある日、プロの音響エンジニアが仕事をする現場に居合わせた。レコーディング中のことだ。細かい操作をし終えた直後、何やってたかわかる?と問いかけられた。それを正確に答えられた時、光が射した。

やっていけると思った瞬間

観客に最高の音を届ける

ミュージシャンが演奏しやすい環境を整えるのが重要な仕事だ。広いステージではプレーヤー同士呼吸を合わせるのは難しい。ライブ会場で、プレーヤーは自分たちの演奏が観客にどう聞こえているかは分からない。そこに仕事が生まれる。現在、音響エンジニアのSRといわれる仕事は、音を拡声するだけでなく電気的に補正、再構築する。音の質が求められているのだ。会場の広さに合わせた音作りは、屋内か野外か、音楽のジャンルや客数によってシステムを変える。楽器のバランスもとらなければならない。曲の中で、どの楽器がどれだけ必要かを見極める。ギターの音質やヴォーカルの音量などをミキサーで調整し観客に聞きやすい状態にもっていく。「本番で再度、調整します。当日の温度、湿度、観客の盛り上がり方で音の速度は違ってきます。リハーサルで壁の反射を考慮していても、本番は人間が音の吸収体になります。冬場だと厚着でさらにですね(笑)いつも観客席に居ながら音場をつかんでいます」

観客に最高の音を届ける

この仕事をやっていてよかった

ライブでは、アーティストと観客とエンジニア、この3つの関係がそれぞれうまくいって初めて成功する。難しいところでもあり、やりがいでもあるという。「亡くなられましたが忌野清志郎さんのような憧れのアーティストと一緒に仕事をさせてもらうことがあります。一緒にバランスのとれたライブシーンを作り上げることができた時、この仕事をやっていてよかったなと思います」いくらパソコンを駆使して楽曲を合理化しても、ユーチューブにアップして人に聞いてもらうことが簡単にできるようになっても、人間同士で作るしかない生の価値、ライブの価値はこれからますます上がっていくと野井倉さんは語る。鹿児島で野外ライブを定着させたいという声が上がれば応援に走る。宮崎の音楽祭では舞台監督も務める。これまですべて音楽が仕事も人もつないできてくれたという。そして今、人を育て、アーティストを生み出す側の仕事を模索しながら野井倉さんはその縁をつなごうとしている。

取材 2012年9月 No.8 しごとびと