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博物館学芸主事・中学校教諭

博物館学芸主事、中学校教諭

鈴木 敏之(すずき としゆき)

1965年生まれ 鹿児島市出身 谷山北中、南種子高校、鹿児島大学理学部地学科(現 地球環境科学科)卒業。昭和63年中学校理科教諭として教職に就く。初任地は佐多町立辺塚(へつか)中学校。その後、第一佐多中、伊敷中などに勤務し、平成13年兵庫教育大学大学院学校教育研究科入学。2年課程を修了後、再び学校現場に復帰し、谷山中に勤務。そして現在、鹿児島県立博物館学芸主事(地質担当)として勤務5年目である。

"年中、文化祭をやっているようなものです(笑)"

美術館や黎明館などが立ち並ぶ文化ゾーンの一角に鹿児島県立博物館はある。鹿児島の自然を紹介する自然史系博物館である。洋風を基調とし、和風モチーフを混在させた石造建築は有形文化財にも登録されている。中に入ると、年月を重ねた趣のある空間が続く。

博物館に理科の先生

企画展『恋を叫ぶ 虫たちの謎』が開催されている博物館1階。その奥から長身の日に焼けた男性が姿を見せた。鈴木さんである。「博物館では現在、高校籍の先生4人が動物、昆虫、そして天文を担当しているんです。小学校籍の先生が植物を担当。中学校からは私が地質を担当しています。計6人が学芸主事として博物館に勤務しているんですよ」いずれの先生も以前は学校で理科の先生をやっており、ここで5~6年勤めた後は再び学校現場や教育委員会等へ戻るという。

博物館に理科の先生

学校に父親がいました

「父の転勤で高校の時に種子島へ引っ越しました。その高校の化学の先生が私の父でした。気恥ずかしかったですね。思春期ですし。学校では小さくなっていましたよ(笑)。でも、高校は小規模校で生徒数が少なく、数学や理科など個別指導のような形で教えて下さったのがきっかけで理数系が好きになりました」大学は地学科に進学したが、やはり父親の影響が強く、教師を目指し教員養成課程も履修。一方で、専門学科の活動も忙しくなる。「岩石鉱物のゼミでは屋久島の地質調査や採取した試料を化学分析して組成や濃度を調べたり、岩石の薄片をつくって顕微鏡で観察し続けたりしていましたね」鈴木さんは、大学の夏休みや春休みには1~2ヶ月間屋久島に宿を借りて自炊しながらのフィールドワークに没頭していた。

仕事の4本柱

仕事の4本柱

博物館の仕事には4つの柱がある。1つ目は調査研究。南北600㎞にわたる鹿児島の地質を調査し、自分の足で情報をかせぐ。2つ目が資料収集。自分の手で写真を撮り、展示に役立つようなサンプルは持ち帰る。この日、一般の人は入れないという収蔵庫に案内された。そこには様々な岩石が並んでいる。「代々の先輩方が集めた貴重な資料です。鹿児島県の宝であり、財産です」鈴木さんの表情が少し誇らしげだ。鹿児島の大地を紐解く岩石、そこには壮大なロマンがある。3つ目の柱は展示活動だ。調査収集したものを広く県民に紹介するために毎年5~6回企画展が開かれる。昆虫や宇宙といったテーマに沿った企画展もあれば、次回開催の特別企画展『大隅の自然』のように、全分野の先生が協力してつくりあげる総合的な企画展もある。そして4つ目が教育普及活動だ。「小・中・高の先生でメンバーを構成しているのは、子どもたちの発達段階に応じて実情を分かっている人が必要だからなんです。遠足や修学旅行で見学にきたり、移動博物館を楽しみに待っていたりする子どもたちがいます。小中高の現場の先生とのパイプ役として、出前授業など要望を伺ったりもします。私が学校に戻ると、ここでの経験を周りの先生方や生徒たちと共有する責任もあります」

自分の目で確かめること、それが大事。

自分の目で確かめること、それが大事。

子どもたちにとって野外での遊びや直接体験がとても大切だと鈴木さんは考えている。「野外や博物館で実物を見せてあげる、本物に触らせてみる。そうすると子どもたちの『くいつき』が違います。実験も同じです。グループ実験では、参加しない、参加できない生徒もでてきます。以前、修論での実証授業で一人ひとりに自作の実験器具を与え、色々な場所の水の成分について実験させたことがあります。目の輝きが違いましたね」そこには子どもたちを思う理科の先生の顔がのぞく。今の仕事を「年中、文化祭をやっているようなものです(笑)。鹿児島の自然にどっぷりとつかり、すごくいい仕事をさせてもらっています」そう言って楽しそうに笑った鈴木さん。現在、10月3日からの大隅展、次の化石展、さらに桜島大正噴火100周年の企画展の準備に向け奔走中だ。

取材 2012年9月 No.8 しごとびと