産婦人科医

石井 裕子(いしい ゆうこ)

1962年熊本市生まれ 鹿大付属中、鶴丸高、東京女子医大卒業。昭和62年東京女子医大一般外科入局、平成4年日本大学産婦人科入局 平成11年石塚産婦人科医院勤務、平成13年石塚レディースクリニック開院

"子どもを産むということは親になる喜びを知ること"

そこは、生命の誕生という祝福につつまれる場所。それにふさわしく、優しく和やかな雰囲気が全体に漂う。先生をはじめ、スタッフは全員女性。私を含め男性取材班はいかにも場違いだ。しかし、石井さんの興味深いお話に私たちは引き込まれることになった。

ブラックジャックの世界

「幼稚園のときから純粋に医者になりたいと思っていました。父の影響が強かったんでしょうね」そう話を切り出した石井さん。こんなエピソードがある。「中学のとき、虫垂炎になり、産婦人科医である父の病院で手術してもらうことになったんです。人の体に興味があった私は、大きな鏡を持ち込みました。手術の様子を見たかったんです(笑)これが腸だよと父はいいながら、引っぱりだすと、私はちょっと不安になって『元にもどんなくなるから早くしまって』と。子も子なら親も親です。そんな時代でした。もちろん、いま自分の子どもが虫垂炎になったら専門の先生にお任せします」ブラックジャック(手塚治虫の漫画)を連想させるような話に取材陣は一同呆気に取られる。医師志望は中学・高校と迷いはなく、医大へと進学する。

転科

卒業後、大学病院の一般外科に入局。父は好きな道に進めと娘をただ見守っていた。外科医で女医。勤務して4年後に結婚もした石井さんだが、完全な別居婚。病院では手術の連続。三日三晩勤務するのも日常茶飯事だったという。そんな彼女に「家族」というものを強烈に意識させた患者の死があった。「やっぱり最後は家族なんだ」その思いから仕事と家庭を両立できる道を考えたという石井さん。その答えが産婦人科への転科である。私たちには産婦人科も外科と同様24時間緊張を強いられる科のように思えるのだが…。家庭を視野に入れ、さらには鹿児島での開業を視野に入れた選択だったという。日大病院の産婦人科へと転科し、やがて自身の子どもも産まれた。「私は産休も育休もありませんでした。でも、こちらが一生懸命になると、みんなが手助けしてくれるんです。東京では当時から夜型保育も充実していて、保育士さん、看護師さん、ベビーシッターの方々もみんな、働く女性を応援してくれました」その後、地元へと戻り、父と一緒に働いたのも束の間、実家の病院を建て替える工事の途中で父は他界した。父の思いを背負いつつ、石井さんは新たなスタートを切る。

産婦人科医

救える生命

太古より人間は子どもを産み、育ててきた。しかし、そこには、健康に産まれてくる子どもとその母親だけではなかったはずだ。「産科医療の進歩、薬の開発、手術の技法、ドクターヘリの存在などのおかげで、昔なら死ぬしかなかった生命が、今、元気に生きていけます。日本の法律で認められている人工妊娠中絶も妊娠24週未満から22週未満に変わりました。新生児医療の進歩で22週や23週で生まれた赤ちゃんでも治療をすれば生きていけるようになったからです」そこに救える命があり、その技術と知恵を持った産婦人科医が最前線で活躍している。

思いを共有する

女性特有の病気がある。子宮筋腫、卵巣の腫瘍、生理不順、更年期障害など、婦人科がそれらを担当し、出産は産科の領域となる。「産婦人科医は女性をトータルにみてあげられます。私自身、女性であり、母であり、そして産婦人科医なのです。昔なら、医者という専門家の立場で全力を尽くしていましたが、今は自分の経験を通して話ができると思うんです」子どもを産む母親とは妊娠初期の外来検診の時からコミュニケーションが始まる。とにかく不安に耳を傾ける。出産後も一ヶ月検診まで、小児科医へとバトンを渡すまでは細やかな母子への診療は続く。「何の問題もなく健康な赤ちゃんを出産し、おめでとうの一言に尽きるケースが一番多いのですが、中には、産む以前の検査で胎児に染色体異常があることが判明するケースもあります。逆に親の側に親としての責任をもてない状況がある場合もあります。厳しい選択にはなりますが、産むことだけが選択肢ではありません。生命の存続を決めるのも親の責任です」私たち誰もが同じ境遇を抱えうる同胞だよと語りかけるような石井さんの声。障害をもって産まれてくる子どもを、そのまま産みたいと思う親。そうしない親。不妊治療を望む夫婦。産科医のいない町を去る人々…。私たちが人生の途中で抱えうる問題と日々向き合う医師の姿がそこにはあった。

子どもを産むとは

「帝王切開や無痛分娩など方法はさまざまですが、どんな分娩も元気な赤ちゃんが生まれれば、それはいいお産です。初めて出産する女性は、経験のない痛みからパニックになることもあります。それは、先が見えないからであって、あとどれくらい頑張れば大丈夫だよとか、いきみ方やそのタイミングなど声をかければ安心しますし、苦しみでわがままになるときは、そのまま甘えさせます。出産はどんな出産でも涙が出るほどうれしいです。産婦人科の仲間とは、いつまでこの仕事やる?が話題になりますが、この瞬間があるから続けられています」子どもを産むとは親の喜びを知ること。そして、子育ての苦労の中でまた、喜びを深めていくこと。そう石井さんは語った。

子どもを産むとは

取材 2011年11月 No.6 しごとびと