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起業家

農業

川原 嵩信(かわはら たかのぶ)

1968年生まれ鳥取県米子市出身 米子東高校、上智大学経済学部卒業。卒業後、米国の証券会社でシステム管理の仕事をしながらバンド活動を続ける。2001年解散後、バイオとIT分野を融合したベンチャー企業に就職。父親が郷里鹿児島で心療内科を開業したのを機に退社。鹿児島にやってきて、株式会社サテライツを設立し代表取締役に就任。現在、有機農業の実験農場を営みつつ、そこを起点とする大きな目標に向かって邁進中。その活動は鹿児島県の「地域密着ビジネス事業計画」に認定される。

" 日本から見た世界、世界から見た日本
という視点を持つ "

しごとびとの読者アンケート「今後取り上げて欲しい職種」の上位にランクされる農業従事者。大隅で養鶏に取り組む異色の農業従事者がいらっしゃるとのうわさを聞きつけ、実際会ってお話を伺うことになった。今の仕事や今後の展望を取材していくうちに、彼は「社会起業家」という位置づけになっていくのではないだろうか、そんな思いをもった。

中途半端な帰国子女

大学病院の勤務医だった父親の仕事で、小6から中2までを海外で過ごす。「クラスにはいろんな肌の色の生徒がいて、中でも日本人が一番の少数派でした。しかも英語が下手くそで…」そんな状況の中で劣等感を感じつつも、数学で簡単な問題を解いたつもりが、すごいと思われたり、いじめられそうになった時に空手のマネをしただけで大きな同級生が逃げていったりと優越感を感じることもあったそうだ。「今の仕事にもつながるんですが、日本から見た世界、世界から見た日本という視点を持つようになりましたね。もちろん、語学のベースもここで出来上がりました。ペラペラというわけではないですが。滞在3年足らずの中途半端な帰国子女ですから(笑)」高校時代は理数系が苦手だったという。それでも、父親は医学部進学を期待していた。「浪人して、チャレンジはしました。でも、理数系の不得意は相変わらず。親に内緒で文転しました」文系最難関の上智大学に入学した川原さん。そこには本物の帰国子女が大勢いた。6ヶ国語を操る兵(つわもの)もいたそうだ。

二度の転機

一度目の転機は就職である。「バイオ技術とITを融合させた香りのベンチャー企業でした。匂いをコンピュータで再現するという、当時最先端の技術を開発した会社です。臭いを解析し病気を発見する技術も研究していました」川原さんは、ITやバイオの可能性を肌で感じていた。二度目の転機は父親の開業である。鳥取で働いていた父は内之浦町出身。念願の帰郷を開業という形で実現した。久しぶりの父からの電話で、病院経営の協力を求められる。迷いはあったが、東京を離れる決心をし、大隅の地にやってきた。そのわずか2年後、父は他界した。残ったのは莫大な借金。「皮肉な話ですが、父の借金の保証人になっていなければ、真剣に父と向き合う機会はもてなかったです。そして、今の鹿児島の地でのビジネスもなかったと思います」

中途半端な帰国子女

医食農

父親と一緒に構想していたのは、医療は食に、食は農業に、農業は自然に学べ、というある学者の言葉を体現することだった。病院を閉じて自分のビジネスを始める時、川原さんは食育の観点から農業やバイオで安全な食、高付加価値の食のビジネスを確立したいと考えた。「土壌改善、有機肥料作りを通して、それを土台とする小規模なブランド化された農業、畜産業を展開し、そこで得られるナレッジ(体験、知識)を軸に世界に普及したいのです。鹿児島、日本、アジア、世界、どこにでも通用し、社会に広く必要とされるビジネスをやりたいんです」今、一日の半分は実験や研究もかねた農業、半分はビジネス展開のための書類作成や交渉にあてられている。

まずは自分で実証

後日、現場を取材に曽於へと向かう。放し飼いのニワトリたちが出迎えてくれた。「ここはもと養豚場だったんです。私が有機肥料をつくるため、牛や豚の糞尿の供給元を探していたところ、かつて養豚業を営んでいた方と話ができ、この跡地を安い地代で貸してもらえることになったんです。検討した結果、この場所で養鶏をすることにしました。小規模で始められますし、今後の展開として障害者の就労支援も計画しているんです。そうなった場合、牛や豚は大きいので飼育に危険も伴いますが、鶏なら大丈夫だろうと」地元の農家の方々から応援をもらって、養鶏場を作り、湧き水を引き、今では鶏の餌も調合し、鶏肉・卵を出荷するまで自分ひとりでできるようになったという。当面の目標は、大崎町でやっているニンニク栽培と、ここ大隅町月野での養鶏で黒字を出すことです」しかし、川原さんの目は世界にも向いている。「本来ゴミとして捨てられる豆腐かすのオカラは鶏の餌になり、その糞尿を微生物が発酵させて有機肥料をつくります。うちの会社は、特殊な菌と水の技術を使って発酵を効率良く行い、臭いの少ない低コストで循環型の有機農業を行っています。まずは自分で農業をやって学んだ方法をよりシンプルで洗練されたシステムに仕上げたいんです。湧き水や土という自然のものに、科学的根拠に基づく現代のソリューション(問題解決)を加えていきたいんです。今はまだ、小規模なレベルで実績を積み重ねている段階ですが、同時に、ある中国の企業に対して、当社のシステムを採用し、大規模に展開していただけるよう交渉を続けています。契約できればうちで農業、堆肥製造の技術指導を担当することになります」川原さんは今しっかりとしたビジョンをもち、地に足をつけた。

医食農

取材 2011年9月 No.5 しごとびと