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ヨガインストラクター

ヨガ教師

田平 周兵(たびら しゅうへい)

1983年鹿屋市出身 鹿屋市立鹿屋東中学校、学校法人川島学園れいめい高等学校、名古屋商科大学外国語学部コミュニケーション学科卒業。ビクラムヨガに出会い渡米、ロサンゼルスで3カ月間のTTC(ティーチャートレーニングコース)受講。帰国後、東京、埼玉、福岡でヨガ講師を務めた後、インド・リシケーシで半年間修業。帰郷し2011年2月、ヨガスタジオ「PANDU」オープン。2013年11月、2号店オープン。

"美しく健康になることはもちろん、
心から幸せを感じるための手助けがしたい"

美容と健康だけではなく心の幸福度を上げることを願い、鹿児島にヨガを広める活動をしている人がいる。人のしあわせを願うその人の名はシュウ先生こと田平周兵さん。にこやかな表情の奥には、子どもの頃からぶれない熱い思いがある。

象のようにのんびり生きよう

 真冬というのに、スタジオの中は真夏のように蒸し暑く、じっと立っているだけで汗ばんでくる。女性も男性も全身汗だくで、黙々とポーズにチャレンジしている。スタジオに集うのはOL、勤め人、学生、主婦…。日々の苦労や悩み、雑念を忘れ、『今この時』に集中するのがヨガの時間。汗を流した後は、みんな来たときよりも穏やかな表情で帰っていく。シュウさんの開いたヨガスタジオの名「パンドゥ」は、サンスクリット語で、白い象という意味。象のようにのんびり生きる。のんびりと笑って、のんびりと幸せに、というシュウさんの願いが込められている。せかせかした日常から離れる時間をもつことで、心と体をリフレッシュする場所なのである。

像のようにのんびり生きよう

憧れの人をめざして

 田平さんがインドへの憧れを抱いたのは中学生の頃。貧しい人々のために奉仕の人生を生きたマザー・テレサを知ったことがきっかけだった。その思いは、成長しても変わることなく、大学卒業と同時にインドへ渡る計画を立てた。ところが、当時インドではマラリアやコレラが流行しており渡航を断念。ちょうどその頃、世界最大のヨガチェーン・ビクラムヨガの日本第一号店が銀座にオープン。ヨガは未経験だったが、インドつながりで見学に行き、そして、その翌週には、ビクラムヨガの創始者・ビクラム・チョードリーのクラスを受講するため、ロサンゼルスへ飛んでいた。「心が燃えている時期は意外と短いから、燃えている時に動かなくちゃ、と思うんです」
 ロサンゼルスでビクラムヨガを受講した田平さんは、その素晴らしさにはまった。帰国後、インストラクターになるべくオーディションを受け「体はガチガチでしたが、男性インストラクターが少なかったので合格しました」。それから再びロサンゼルスへ渡り、世界から集まった330名に交じって3カ月間のTTC(ティーチャー・トレーニング・コース)を受講。ヨガのポーズ、解剖学、ヨガ哲学というヨガ三昧の日々を過ごした。TTCの最終日、330人の中から表彰される5人の中に選ばれた。受賞理由は「3カ月間のコースをもっとも盛り上げたから」というものだった。実技の発表で会場がピリピリした緊張感に包まれている時、日本の応援歌などを歌ってクラスの友人らを応援したことが認められたのだという。マザー・テレサに憧れた田平さんらしい受賞だ。

憧れの人をめざして

幸福感を高めたい

 帰国後、日本各地でヨガを教えた後、家業を継ぐために鹿屋市の実家へ帰った。3年ほど家業に励んだがヨガへの思いは熱く、2011年、鹿児島市にヨガスタジオをオープン。そして2013年秋には2号店として天文館に念願のホットヨガのスタジオも開いた。ヨガ留学、スタジオ開設。次々に夢を実現していく田平さんを突き動かしているのは、人に幸せになってほしい、という熱い思いだ。「幸福度調査では、アジアの先進国の中で日本はいちばん幸福度が低いですよね。戦後、日本人はみんなで頑張って復興、発展してきましたが、心がついてこられない部分があったのではないかと思います。ヨガを通して心を解放して、もっと幸せになってほしいんです」。田平さんの人生テーマはつねに‘他人のしあわせ’だ。
 自身も日々「慈悲の瞑想」を続けている。チベットの僧侶たちも行っている修行で、日々感謝することを見つける瞑想だという。それまで当たり前と思っていたことに感謝することができれば、幸福感が上がっていくのだそうだ。「幸福を感じるのはその人自身ですが、ヨガを通してそのお手伝いができると思っています」。屈託のない瞳からは、柔和さとその奥にある意志のつよさが伝わってきた。

ホットヨガスタジオ「パンドゥ」

取材 2014年2月