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フードバンクかごしま

原田 一世(はらだ いっせい)

1974年生まれ 鹿児島市出身。
天保山中、鹿児島高専中退、鹿児島県短夜間部在学中から携帯電話会社の営業職を兼務。大手自動車メーカーの販売営業職。2010年起業家育成を理念に掲げるNPO法人ネイチャリングプロジェクトの職員を務め、2011年自らフードバンクかごしまを設立。代表理事として現在に至る。

物流に新しい提案をしていきたい。
ものをあげるという行為は、
ほんとうの支援につながらないから。


まだ食べられるのに廃棄されてしまう食品、いわゆる『食品ロス』が日本では年間646万tにものぼる。一人当たりに換算すると毎日お茶碗一杯分136gのご飯の量を捨てている。ここ鹿児島のフードバンクに常時備蓄する食品は500t。全国のフードバンク90団体のうち2番目に多い。

 

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フードバンク? 食べ物の銀行?

取材に向かった先は倉庫だった。整然と積み上げられた段ボールの山。中身はペットボトルの水、コーヒー、お菓子、レトルト食品などなど。まるでストアの倉庫だ。
「ここにあるのはメーカーが小売店に卸せなくなったものです。ただ、それは賞味期限や消費期限が切れているわけではありません。たとえば、景品の応募券がついたジュースはその締め切りが過ぎると、ラベルの貼り換え作業をするより捨てたほうが安上がりになります」
お歳暮、お鍋の素など季節感の強い商品も消費期限を待たずに捨てられる。倉庫代の方が高くつくのだ。メーカーによっては、廃棄分を見越したうえで、大量生産して単価を下げることもある。できるだけ安くという消費者のニーズにこたえる今の物流システムに一種のこわさを感じる。一方で、原田さんたちのように視野を広げると新たな展開が待っている。だれかが間に入って仕組みをつくれば、廃棄処分の運命が変わる。

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人のために仕事をしよう

高専を進学先に選んだ理由は二つ。たまたま隣の同級生がそこを志望していたこと。もう一つは寮生活ができること。理数系への興味は全くなかった。
「今の時代には考えにくいと思いますが、寮の先輩から麻雀を鍛えられて成績はがた落ちです(笑)。留年が決まって中退を決めました」
その後、県短の夜間部に入学。昼間の仕事を頑張るほどに学校は遠のいた。自動車ディーラーの営業マンとして働いた時代には月に7台、8台と何百万もする新車の契約を取った。
「ノルマを大きくクリアすることも、周りからチヤホヤされることも好きでした。ただ、ずば抜けた営業成績でも、次の月にはリセットされます。自分との闘い、数字との闘いはいつまで続くんだろう…」
原田さんは会社を辞めた。将来を模索する日々が続く。ある日、娘の死が訪れた。
「大切な命が消えたのに、なぜ自分が生かされているのか。もう自分のために生きるのはやめよう」
そして翌月2011年3月、東北を襲った大地震。この2つの出来事が原田さんの道を決めた。

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前向きのギブアップ

東北へ支援活動を始めると、あるアメリカ人の存在を知った。日本で最初にフードバンクを設立し、震災では帰宅困難者にスープをふるまい、通訳として立ち入り禁止区域にも入って支援活動を行った人物だ。彼とコンタクトを取り、鹿児島でもフードバンクを始めたいと相談した。
「ラーメン一袋でも缶詰一個でも私たちに預けてくれれば石巻に届けます」
と原田さんは活動を開始した。この時に感じたことは、フードバンク活動は1人で行うのは無理があるということ。様々な人や組織に声をかけ、多くの人たちを巻き込みながら活動することで継続した活動ができる。地震から半年がたち、鹿児島県内の被災地支援活動のほとんどがなくなる中、原田さんにとって、ものを集め、保管し、配る仕組みを継続的にできる組織づくりが目指すものとなった。

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支援者を支援しよう

「いま、全国のフードバンクの活動は生活に困った人に食べ物を配り、ものをあげるという支援で満足しているふしがあるんです。私自身は災害に備えた機能を優先すべきだと考えています」。
実際、2016年の熊本地震では原田さんの倉庫を経由して支援物資が運ばれた。この震災で分かったことがあった。
「だれがするかが重要なんです。おにぎり百個を届けるにしても、同じ地域の人がすると、あんたのところは大丈夫なの?わざわざありがとうと活気づくんです。災害時のリーダーが地域に育つ必要性を感じました。スーパーボランティアと呼ばれる人たちへの支援も必要です。彼らは被災地の負担にならないよう寝食も自前で何とかしようとしますから」。
熊本での実績を買われ、大手食品メーカーの災害対応の本社会議に招かれるようになった。
「飲み物って最初は必要ない。でも落ち着いてくると避難所ではコーヒーを飲みながら立場の違うものどうし話がはずむんです」。
すべての人に起こりうる災害。それにどう備えるべきか、さらに非常事態でのコミュニティはどうあるべきか。原田さんはそのあるべき姿の実現に一歩ずつ歩を進める。

 

取材:2019年2月