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後継者

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肥後 玄十(ひご げんと)

1984年生まれ 鹿児島県南大隅町出身。
根占中、れいめい高、立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部卒業。
24歳で帰郷し家業の農水産物の生産・加工業に従事。

失敗しても、それで終わりにしたくない。
思いを強くして目指すものを目指して進みます!


「食」は人にとっての基本。提供する側からみると、短い期間で消費されるものだからこそ、良いものを提供すれば必ずリピートされる有望な素材だ。
西は錦江湾に面し、北、東、南を小高い丘や山に囲まれた南大隅町根占で、農産物や水産物の生産・加工に取り組んでいる肥後玄十さんにお話を伺いました。

 

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日本本土最南端の地で

南大隅町は大隅半島の南端にある。日本本土の最南端の地だ。そこで肥後さんの実家は『ねじめ農園』と『シーアグジャパン』という法人を営んでいる。『ねじめ農園』では、消費者目線での食生活を考え、安心・安全な食材を提供しようという理念のもと、季節の野菜やくだものを生産している。『シーアグジャパン』では、その理念を共有する生産者と契約し、鹿児島の農水産畜産物を全国の卸業・小売業・消費者に届けている。そんな環境の中で肥後さんは5人兄弟の4番目(3男)として育った。

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責任感と面白さ

高校から親元を離れ寮生活。そしてそのまま大分県にあるアジア太平洋大学へ進学する。その時点では「実家に戻るつもりはありませんでした。学校の先生になりたかったんです。そして大学時代はバンド活動に熱中しすぎてしまって(笑)」。24歳の時に地元に戻ってからもしばらくは、「ここにいようか、それとも、もう一度先生になることを目指してみようか」と半々の気持ちだったという。
ところが、月日はどんどん過ぎていく。肥後さん自身の環境も次々に変わっていく。「食品加工センターで働かされたり(笑)、ハマグリの畜養を先輩に教わったり」。ちなみに鹿児島で販売されている県内産ハマグリの多くは肥後さんの所から出荷されているとのこと。そうこうするうちに、近くにある物産館の在庫管理を任されるようになる。「この頃から多くの人たちに食材を提供することへの責任感と面白さを感じるようになりましたね」。仕事に熱中するようになったという肥後さん。現在は、「ネギやサツマイモの生産や出荷の作業をしています」と話す。自分専用の畑を借りて本格的な無農薬による栽培にもチャレンジしている。「失敗しても、それで終わりにしたくない。思いを強くして目指すものを目指して進みます!」

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最近うれしかったのは・・・
「結婚したこと!」

肥後さんのところでは日本人だけではなく外国人をも含めて農業研修生を受け入れている。お姉さんもカナダ人と結婚して現在カナダ在住という国際色豊かな環境にある。
「最近うれしかったことは何ですか?」と尋ねると「結婚したこと!」と即座に声が返ってきた。数年前に2週間の予定で農業研修にやってきたバイリンガルの女性と、その後も付き合いが続きゴールインしたそうだ。それにはご両親もびっくりすると同時に大変喜んでくれたという。そして、しみじみと「早い頃から親元を離れた経験が今活きているように思います。そうさせてくれた親には感謝です」。そして今も常々「階段を一歩一歩、高く高く登れ」と父親から言われているという。
肥後さんの近い将来の目標は、自慢のネギを鹿児島県のすべてのラーメン屋さんに使ってもらうことだ。「先日も営業に出掛け1店舗決まりました。手応えありです!コレもうれしかった(笑)」。そして、いつかは「自分で作った食材を使った飲食店をつくりたい」という夢も抱いている。肥後さんは仕事も生活も現在進行形だ。

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取材:2016年2月